「はは、なんだお茶会のつもりならそう言ってくれればよかったのに!」
大蛞蝓は、大きな身体をゆすって、大きく笑った。
コランダムは、小さな手で、彼の身体には不釣合いな小さなカップを差し出した。
カップの中で紅茶が小さな波となる。
「う〜ん、こんな日はこれに限るッ!いい香りだ、ありがとう、斬新な子兎さん」
大蛞蝓は、真っ赤に燃える舌で、紅茶を器用にすすった。
コランダムはその様子に、ふふ、と笑って「それはよかった」と言った。
すると大蛞蝓は、紅茶を飲むのをやめて、すまなそうにこちらを見てくる。
コランダムは首をかしげた。
「もしかして、呼び方が気に障ったかな?悪気はなかったんだ。」
「どうしてそう思うんだい?」
驚いた様子でコランダムはそう返した。
大蛞蝓は、当然のようにこう答える。
「どうしても何も。ごめんね、君を傷つけた。なんとお呼びすればいい?」
「……コランダムと。」
コランダムは、あっけにとられていた。
一方大蛞蝓は、そうかそうかと笑った。
まさか気付かれるとは思ってもみなかった。
完璧に隠していたはずだった。
自分が兎扱いを受けることに、小さくプライドを傷つけられていることなど、他人に知られてはいけない。
…そう感づかれ、気を使われた時、兎と呼ばれる事以上に、自分のプライドを深く傷つけられるからだ。
兎と呼ばれれば返事をするし、フカフカだと毛並みを褒められれば礼も言う。
撫でられること自体はそれなりに心地いいし、この姿を利用できるのならば利用もしよう。
そしてなにより、相手は自分の事情を知らないのだ。
事情を知らない者たちに、いちからこの身の上を説明しても、理解されにくい。
よって、いちいち波風を立てない道を選んだ。
相手の好意を素直に喜ぶことの出来ない己の器の小ささに呆れつつも
「本来の私ではない!」という言葉を胸に響かせることも、しばしばある。
それでも随分慣れたのは、自らの身を守る手段でもあったからだろう。
やはり動物は人間よりも聡いらしい。コランダムは苦笑する。
だが、傷が浅かったのは、相手が人間ではなく動物だったという部分も大きいだろう。
彼らは人と違って純粋だ。
今回は自らの未熟さについて反省することにして、木漏れ日の中のティータイムを続けた。
大蛞蝓はおしゃべりだった。
毒蛇は、こうしてゆっくり喋ろうとすると、いつもそそくさと席をたってしまい、鬼火は、「どうして」と質問攻めで、面白いには面白いが、そろそろしてあげる話が尽きてしまったという。
今日の出来事は話のタネになると笑っていた。
「おっと」
「どうかしたかね?」
「どうもこうも。君のツレがご立腹さ」
「…?」
「やきもちを妬いているでしょう」
コランダムは仰木雄介の到着を待っている、ヤリの方を見た。大蛞蝓は、頭を左右に振り、「そっちじゃない、オニキスのほうだよ」と言った。
コランダムは再び目を見張る。
「彼女の言っていることがわかるのかね」
「おやまぁ。君はまだ彼女の声をきいてあげていないのか。可哀想なオニキス」
黒い球体は、一度も音を発していない。静かに宙に浮いていたのだ。
大蛞蝓は、コランダムをちらりと見て、カップの中の紅茶に目を落とした。
「コランダム、君の愛は刹那的過ぎる」
その言葉と同時に、背後の茂みが音を立てた。
「旦那様!」
仰木雄介が、戦闘を終え、こちらに帰ってきたらしい。ヤリが跳ねるように喜んでいる。
遠目から見ていたときこそ、まだ戦闘は終わっていないのだろうかと警戒した仰木雄介だったが、前に一度見た光景を思した。
ブラック・オニキスを従えた時だ。
まさか、またか?
大蛞蝓は、帰ってきた仰木雄介とヤリの様子を微笑ましげに見て、小さなカップをそっと置いた。
そして、大きな重たい身体をゆすって起こす。
「コランダムのお友達か。それじゃあ、僕はそろそろおいとましよう」
「…またお会いしよう。君にあえてよかった」
「うん。それじゃあまたね、コランダム」
大蛞蝓は、仰木雄介に一度会釈をして、ゆっくりゆっくりと森の奥へ消えていった。
「よかったのか?」
「ふふ。仰木君、仲間にしなかったわけじゃあない。逃げられてしまったんだよ」
コランダムは笑ってそう答える
「未熟な私には、彼の存在は大きすぎた」